淨龍寺住職 藤井 玄珠

 表題をあえてお手紙といたしました。

 お勤めの最後に御文が拝読されます。ご承知のことと存じますが、御文は本願寺第八代目住職であった蓮如上人が各地の御門弟に送ったお手紙です。よく耳にするのは 「末代無知ノ門徒タラン身ハ」「聖人一流御勧化ノヲモムキハ」「夫人間ノ浮生ナル相ヲツラツラ観ズルニ」等でしょうか。

 大谷派で御文として拝読されるものは八十通のお手紙を五帖の本仕立てに編集された物です。その他たくさんのお手紙は帖外御文とされています。一帖目から四帖目までは、お書きになった日が古いものから掲載されており、五帖目はお書きになった日が不明なものが二十二通あります。一帖一通目が文明三年(一四七一)七月蓮如上人五十七歳のお手紙から始まり、四帖目最後の十五通目が明応七年(一四九八)十一月二十一日報恩講初日に書かれたものです。この御文の後書きに「コレヲミテ人々ニ信ヲトラスベキモノナリ」とあります。蓮如上人八十四歳、お亡くなりになったのが翌年四月二十五日、ご自身で勤める最後の御開山の報恩講の日までも御教化に尽力されていたのが伺われます。

 四帖九通目は、延徳四年六月、「当時コノゴロ、コトノホカニ疫癘トテヒト死去ス、ハジメテ死スルニハアラズ、生レハジメシヨリシテ、サダマレル定業ナリ、サノミフカクオドロクマジキコトナリ」と、お書きになっています。疫病の蔓延した延徳年間から改元された明応七年の十三通目には「予ガ年齢ツモリテ八十四歳ゾカシ、シカルニ当年ニカギリテ、コトノホカ病気ニヲカサルゝアヒダ、耳目手足身躰コゝロヤスカララザルアイダ、コレシカシナガラ業病ノイタリナリ、マタハ往生極楽ノ先相ナリト、覚悟セシムルトコロナリ」とあります。

 これら蓮如上人のお手紙が、往時も、今般の新型コロナウイルスにより多くの命が失われている現在においても、生命(いのち)を賜った者は必ず死を迎えることが道理である。と、お示し下さっています。

 限られた生命だからこそ阿弥陀仏の本願を信じ「南無阿弥陀仏」と称念することを私達の日暮らしとしたいものです。

2020年9月発行「共に歩まん」より