萬福寺前住職 佐々木 正

 親鸞聖人が88歳の時、師の法然上人の言葉として、お手紙に記した法話です。法然上人は当時「知恵第一」と讃えられていました。その法然上人が、なんと「愚者」となることで、往生が定まると言っているのです。

 ユーモア小説『どくとるマンボウ』シリーズで有名な故・北杜夫さんは、旧制松本高校を卒業した、信州にも縁の深い作家です。北さんは数年前に84歳で亡くなりましたが、その何年か前、新聞にエッセイを寄せていました。その中で、自分はすでにヨボヨボで、何の役にも立たない、だけどまだ一つだけ役に立てることがある。それは「ダメ人間の代表」になることだ、と記していたのです。

 私のような役立たずが、老醜をさらして生きている。それを見て、自分はまだまだ大丈夫と思う人がいるだろう。だから「ダメ人間の代表になる」と宣言しているのです。

 親鸞聖人は弟子の唯円に「念仏を申しても喜びが湧かない、浄土へ往生したいという気持ちもない」と訴えられたとき、「親鸞もその疑問を持っていたが、唯円よ、あなたもそうであったのか」と答えています。唯円はこの瞬間に、「私も念仏を申して、師匠と共に浄土へ往生しよう」と決定したのではないかと思うのです。

 「わたしもそうだけれども、あなたもそうか」という返答は、御同朋御同行の平等の人間関係を示した言葉です。その言葉の生まれる場所は、法然上人の「愚者」の表明と、まったく同じではないでしょうか。

 「わたしも愚かだけれども、あなたもそうであったか」の言葉ほど、すべての人を無条件に肯定する言葉はありません。中世の時代に、そのような平等の人間関係を開いた祖師が、法然上人であり親鸞聖人であったと言ってよいと思うのです。

2015年3月発行「共に歩まん」より