正敬寺住職 草野 文明

 先日、昭和の大スター高倉健さんのドキュメント番組が放送されていました。そこには、スクリーンで見せる「孤高の役者」からはうかがえない、人との交流を渇望する健さんの姿がありました。私が健さんの映画を初めて観たのは高校生の時でした。任侠映画好きの従兄に誘われたのですが、映画のタイトルも内容も覚えていません。ただ印象に残ったのは、「しぶい」「男くさい」健さんでした。

 健さんには数々の代表作がありますが、その中の一つに「南極物語」があります。過酷なロケを行われたそうで、手は凍傷になり、その後の映画ロケでは、手に化粧を施していたといいます。健さんは、このロケに行く際、天台宗の僧侶から授かった言葉を座右の銘にされていました。健さんが亡くなられた時「〝往く道は精進にして 忍びて終わり悔いなし〟83歳の命を全う致しました」と、所属事務所から発表されました。

 「往く道は精進にして 忍びて終わり悔いなし」という言葉は、浄土真宗がよりどころとする『仏説(ぶっせつ)無量寿経(むりょうじゅきょう)』という経典の中に説かれているものです。この経典は、お釈迦さまが阿難(あなん)という仏弟子に、法蔵(ほうぞう)という名の菩薩が阿弥陀仏に成られるお話しを説かれています。 法蔵菩薩が、すべての生きとし生ける者を救いとろうとする48項目からなる願い(本願(ほんがん))を立てられます。この本願を立てられた時、かつてない大いなる誓いを発された一節が「假令身止(けりょうしんし)諸苦毒中(しょくどくちゅう)我行精進(がぎょうしょうじん)忍終不悔(にんじゅふけ)(すべての人を救うためには、我が毒・苦に身を置いても、精進して耐え忍んで、決して悔いることはない)」という言葉です。

 健さんが仏教徒であったかどうかはわかりませんが、法蔵菩薩の誓いの言葉を座右の銘にされていました。それは、私たちが感動し心に残る映画をつくるために、どのような厳しい現実であっても耐え忍び、決して後悔しない信念があったからだと思います。その信念をもって生涯を尽くされた健さんは、やはりしぶく、男くさい俳優さんだと思います。

2018年3月発行「共に歩まん」より