芳仙寺住職 寺田 昌一

皆さんは、「門徒物知らず」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 門徒とは浄土真宗の在家の信者のことを言いますが、言葉通りに解釈すると浄土真宗の信者はものを知らない、つまり世間の常識を知らないということになります。このことはただ南無阿弥陀仏を称えれば全ての人は往生する事が出来るとする教えなど、他の宗教と比べ多くの宗教儀式にとらわれないことから庶民に広く受け入れられたことが、他の宗教からはかえって反発を買い、元々「門徒物忌み知らず」と言われていたものが略されて「門徒物知らず」になったと言われています。物を知らないと言うのではなく「物忌みを知らない」と言うことです。物忌みというのはバチやタタリを畏れ、それを避けることを言いますが、これが実は浄土真宗の教えから言えば全くの迷信・俗信なのです。

 ここで「物忌み」と言われるものを上げてみましょう。代表的なものとしては、まず「大安」「仏滅」「友引」と言った日の良し悪しを言う「六曜」と言うものが有名ですね。結婚式は仏滅にしない、大安にする。友引には葬式は出さないと言ったことです。これは友引という字が「友を引く」と書きますから、そのように解釈したのでしょうが、全く根拠のない迷信です。或いは、ほとんどの結婚式が大安を選んで行われていますが、必ずしも全ての夫婦が幸せになっているとは限りません。ちなみに昨年離婚した夫婦は三十万組以上だそうです。この六曜は中国の占いから生まれたものですが、今ではその本家本元の中国でも無意味なものとして使われていないという、とんでもない代物なのです。少し考えればすぐ分かることですが、日に良し悪しなどある訳がないのです。また代表的な物忌みに語呂合わせによるものがあります。病院などで四号室や九号室がないのを見かけたことがあると思いますが、これは言うまでもなく数字の「四」は死を連想し、「九」は苦を連想させる、数字は単なる数字で良いも悪いも無いお粗末な俗信です。物忌みは、数え上げればキリがありませんがこれ以外にも、方角の吉凶、家相、手相、占い、まじない、厄払い等々、特に、葬儀ともなると、物忌みのオンパレードです。不名な迷信・俗信の類は所属の住職にお聞きください。

 親鸞様はご和讃に、

  かなしきかなや道俗の

   良時吉日えらばしめ

   天神地祇をあがめつつ

   卜占祭祀つとめとす

 「悲しいことに何をするにも日の良し悪しを気にしてみたり、また天の神、地の神を奉り、占いやまじないなどの迷信にかかり果てている」と言われています。(「正像末和讃」真宗聖典五〇九頁)

 科学の発達した今日でも全く違和感無く受け入れられるところに、人間の根本的な迷いは今も昔も変わらないと言うことを、私たちに教えてくれています。また歎異抄七章に「念仏者は無碍の一道なり」何ものにも邪魔されることのない、一筋の道を歩む、仏さまのまことの心に目覚めた者の姿であると、こう示されております。

 浄土真宗の門徒に限らず、人間全ての方が「真実の教え」に出遇い、根拠のない迷信や俗信に惑わされたり不安になる必要のない人生を歩みたいものです。

2016年3月発行「共に歩まん」より